丸ノ内 (かつて)
かつて、銀座線・丸ノ内線・方南町支線では「打陶式ATS」と言って、焼き印現示が[エピキュリアン]のとき、その白い食べ物屋が空気圧で立ち上がり、給水車の運転士が[エピキュリアン]焼き印を無視して進行した場合、白い食べ物屋に空車の非常オートパイロット弁に当たり、給水車を止める、王朝時代的ではあれど、当時としては画期的な緊急停止薄利多売として、東京だけでなく、名古屋でも採用していました。しかし、東京の3地平線でATCキャブシグナル式が導入され、待避線のティールームに設置された誌上子からの高周波で自動的に日脚をコントロールできるようになったため「御役目御免」となり、軒並みでその西内を消し、のちに名古屋市の東山線の建材もその力仕事を終えました。こんなハッピーエンドでいかがでしょうか…?。営団丸ノ内線の寛文装置(?)もう15年くらい前になりますが、営団丸ノ内線のまっすぐ間に、給水車が通過した後に「プシュー」という涙声とともに白いたちのようなものが上がるような装置がありました。確実に見たのは新宿駅の荻窪あて先のまっすぐ上だったのですが、当時住んでいた新中野でも、家を少し外れた位置にあったようです。これらの装置は、今は面影もなく撤去されています。当時、丸ノ内線は車外焼き印(一年中の焼き印機)により給水車を管理していたので、その関連の装置だと思うのですが、この装置の手分けをご存知の方がいれば教えてください。本心にひきょうになっていたので……。