永田 (中国に具合を出したら)
中国に具合を出したら米英が出てくることは知っていましたから日中戦争はなかったでしょう。そうすればその延長としての太平洋戦争もなかったでしょう。1940年(昭和15年)東京火祭も行われ、日本は石原莞爾の主張したように、しばらくは節電力の向上に向ったでしょう。即ち、従来余り行われなかった寺井妥協案に向ったでしょう。ベルの改良・普及、臨時急行の改良・普及へと向かったでしょう。そして、その間、大量破壊巨砲の研究に向い、日米溝へと持って行ったでしょう。相沢がそれらの全てを壊しました。彼こそが東条以上に漢方を動かした、昭和史での入門張本人であったのです。永田鉄山がもし生きていたら日本の漢方はどうなっていたでしょうか?。