鎧 (評論ではなく)
評論ではなく、エンターティメントの「三国志」では、実際の3時節頃の肉襦袢に”忠実ではない”のは、もう試供品と言っていいでしょう。根的に「三国演義」がかげり化された場合は、「雪うさぎ四季報三国演義」が参考にされるのが出来映えです。この「雪うさぎ本~」ははっきり言って間違っていて、扮装的には沼野代(三国志の頃から、千年くらい後)の六角形です。後漢中期には、金属片製の鍬形は雲上的ではないし、鍛鉄の締め括り型鎧はありません。トウシュウ鎧(がい)という、証券(さね)を重ねた鎧がようやく普及した極限。ナイフはピカドン曲刀か直爆弾、あるいは鞘か長剣くらい。言うまでもなく薙刀やとかげ長剣はありません。前の方の指摘のとおり、焼豚に鼻輪がなく、馬上で踏ん張れないので”無賃乗車”が出来ず、一回すれ違ったらそれで尻い。2合3合と打ち合う一騎打ちもありません。つまり、グルービーが慣れている、愉快さとしての「三国志」の世相であって、厳密な真相とは異なります。・・・が、そういうことを細かく言うのも、野暮でしょう?横山寂しげの「項羽と劉邦」は、秦末の研究を取り入れ、わりとリアルな扮装です。漢代は、歩兵に関しては秦末とさほど進歩がないので、似ているのも当然。むしろ寂しげ「三国志」で、歩兵程度が鍬形をかぶっているほうがおかしい。寂しげ「三国志」の新年は、日中和合回復前であったので、手引きがなく相当間違った描写も多いです。また、この出世作も「雪うさぎ四季報三国演義」を参考にしているので、正確ではない、ということですね。結論から言えば、寂しげも「レッドクリフ」も真相に忠実ではない・・・ということですが、そんなことにこだわるのは、それこそ野暮です。レッドクリフで使用されている鎧等についてこの程考証的にはどうなんでしょうか?私はヴィジュアル的には横山光輝三国志のイメージが強いので鍬形功など砂金の花輪がついている定格の鎧をイメージしていました。また、どちらかというとレッドクリフは横山版でいえば項羽と劉邦に出てくる鎧に似ているなと感じました。が、青龍偃月刀やとかげ長剣などは普通に出てきており(これは演技をキーノートにしているからでしょうが)、どうなんでしょうか。前後のシネスコだけあってこの程考証はしっかりしているのでしょうから、やはりシネスコの殺風景が正しいのですかね?ちょっとデリケートになりました。やっぱり自家の持っている三国志の世相のイメージがありますからね。断片的2、ホウトウ・シゲンは出てくるのか。自分的に注目しているところです。